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短いですが上げてみます。後日小説コーナーに移すかも。
さながら灰被り姫の気分だ。
日付の切り替わりを告げる鐘の音が、足元から総身を包み込むように響く。その音の主、一階正面のホールに設えられた大時計は、今から百年近く前に造られたものだと聞いている。親しみを覚えるはずのその音色に、打ち据えられたときのような震えを覚える。
意識せず詰めていた息を、泉鏡花は四回目の鐘と同時に吐いた。羽織を脱いだ肩からも、過剰な強張りが解けていく。ひとり自分の部屋にいる日ならば、こんな気分を味わわなくてすむのに。
「そろそろ戻るかい」
そわそわする鏡花を気遣って、寝台の隣に腰掛けていた男が声をかける。握り拳ひとつぶんの隔たりは、そのまま彼らの心の距離を示しているようだった。
だいたい週に二、三度、夕食を済ませた後にどちらかの部屋を訪れるのが習慣となっていたが、そのまま相手の部屋に泊まり込んでしまうことはなかった。互いにそう饒舌なほうでもない、部屋に持ち込んだ酒盃をちびちびとやりながら、ときおり思い出したようにぽつぽつと言葉を交わす。お前らそんなでいったい何が面白いのかと、同世代の知人にどやされそうではあったが、今の自分たちにはそれが精一杯だと、少なくとも鏡花はそう思っていた。
ならば相手は――徳田秋声はどんな考えを持っているか、これがまた、よくわからない。現状、部屋に招き入れてくれる程度には鏡花を受け容れているのだろうけれど、再会したばかりの頃といったらそっけない態度ばかりで、寄ると触ると所構わず口論になったものだ。当時を思えば、今のこの状態もずいぶんな進歩だろう。
ただ確実にいえるのは、
「ええ、明日も早いですから」
「……そう、だね」
返す言葉はさまざまだが、今日はお開きにしようかという局面において、秋声はわずかに表情を翳らせる。いつも、そうだ。涼やかでまっすぐなまなざしが、何かを惜しむように伏せられる。目元までの前髪がさらりと揺れて、同じ色の瞳に浮かぶ表情を隠す。
だがそれも少しの間のことで、細く節張った秋声の指はついと伸び、一人用の湯沸かし器のスイッチを切る。寸胴な金属製のケトルの中身が沸き立つ、こぽこぽという音が止み、中に立てられていた一合徳利も踊るのをやめた。
「お酒、ごちそうさまでした。飲みきれなくてすみません」
でも美味しかったです、身仕舞いを整えながら告げると、切れ長の瞳がほんのわずか細められた。
「口に合ったのなら何よりだ。若山さんもきっと喜ぶよ、彼に教えてもらったんだ」
来訪者を送り出すべく扉に手をかけ、秋声は一瞬、視線を足元へさまよわせる。いつもはぐっと引き結んでいる唇を薄く開いて、しばしのちにいいや、と小さく呟いた。
「秋声? どうかしたのですか」
「いや、なんでもないよ」
穏やかな声はあくまでそう綴るけれど、伏せた瞼の下の瞳は物言いたげなのを必死に抑えているようにうかがえる。せっついたところで口を割ってはくれないのだろう。彼にはそういう、頑固な一面があった。寄ってくる相手には努めて物腰よく応えるけれど、身の回りに引いた一線だけは固持して、その内に誰かを容れることはない。
(その内側に、入れたらいいのに)
「明日は秋声も潜書に行くのでしょう。あまり夜更かしをしないように――」
「わかってるってば」
溜め息まじりに返されて、またやってしまった、と思う。
再会を果たせた嬉しさに、兄弟弟子であった名残りでついお節介じみた口をきいてしまう、それは自分では意識していないもののかなりの過干渉というものであったらしく、最初のうちは相当に疎まれた。もっと話をしたい、そんな思いを空回りさせることなく言葉を選びに選び抜いて、ようやく今のように穏やかに語り合えるようになれたのだ。
「大丈夫、そこはちゃんとやるよ。仕事だからね」
もっともそれはお互い様であるらしく、鏡花の焦りを感じとった秋声もまた、慌てて言葉を改める。知らず、頬がほころんだ。
「ならよかった。……では、そろそろ本当においとましますね」
「鏡花」
手袋越しに異なる体温が触れる。
目を上げた、その目の前が翳る。そのただなかで黒い瞳がふたつ、こちらに向けて矢をつがえていた。
「しゅうせ――」
まさかまた、意識しないうちに彼の逆鱗に触れる言動をとってしまったのだろうか。おかしなことを言った覚えはないはずなのに、爪先が触れ合う距離から秋声はじっと視線を向けてくる。やや上目遣いのそれに、文字通り射すくめられる。
「あの、」
目の前がふっと翳った。瞬きをすれば己の睫毛が、触れるか触れないかの位置でかざされた秋声の手を撫でる。目元をかすめた熱い指先が、自ずから触れておきながらびくりと震える。
「秋声、何を」
最後の一音は発する前に封じられた。
薄く開いた唇に咬ませるように、柔らかく温かなものが飛び込んでくる。そのまま縫い閉じるように食んで、緩く吸いつく。ふっくらとした香り、少しかさついた皮膚同士を繋ぎとめるのは、先程まで飲んでいた酒の名残りか。
唾液、だなんて身も蓋もない。
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川端さんが実装されたのがきっかけでかわとく沼に落ちたんですが、文アルにはまった当初の活動CPは秋鏡でした。
それまで左側に置いてたキャラを右にするのは読んでくださる方的にどうなのか? と考えて、HDDに残ってるだろうからとpixivに上げてた小説を削除・非公開にしてしまったんですが、残ってないのもあったようで…惜しいことした…!畳む